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2013年1月の8件の記事

2013年1月30日 (水)

第313弾 ”安全第一”空虚な所信表明

第313弾 “安全第一”空虚な所信表明演説

━ “危機突破内閣”は名ばかり ━

 

 1月28日に行われた安倍総理の所信表明演説は、興味もなく、余り聞きたくなかったが、我慢して聞いていた。

 聞いていて違和感を憶えたのは私だけであろうか?夏の参議院選挙に勝つまではという戦略があるのであろうが、今、置かれている日本の現状で、重要な課題の多くが触れられていないことである。

 例えば、原発・エネルギー政策・環太平洋経済連携協定(TPP)、社会保障制度のあり方、その他重要な課題については全く触れられていないことである。

これらを棚上げにし、当面は夏の参議院選挙までは、“政権の安定”だけを目指したいという気持ちは分からないでもないが、これでは、日本の将来・国民の将来をどのように考え、どのように舵を取って行こうとするのかが全く分からない。

 

━ 言葉だけが踊っている!! ━

 

「はじめに」では、どこかで聞いた言葉が踊る。「 今こそ額に汗をして働けば必ず報われ、未来に夢と希望を抱くことができる。真っ当な社会を築いていこうではありませんか」と問いかけたが、真面目に働いても暮しが一向に良くならない社会を作ってきたのは誰であったか考えて見なければならない。それは、長い自民党政権が作ってきたものである。その反省から出発すべきではないのか。

それは、「朝日新聞の社説」が指摘するように、“危なっかしい安全運転”であり、日本にとって、国民にとっては、危うい道につながりかねないと・・・。

私も全くそのとりであると思う。

 

━ 弱いものにしわ寄せる予算編成 ━

 

 2013年度政府予算(案)では、一般会総額を92兆6100億円とする大枠を決定したが、その中身たるや、防衛費を400億円と、11年ぶりに増やし、そして、公共事業費を5.4兆円(15%)増やす、その一方で、生活保護費を670億円減らす、地方交付税を4千億円減らす、地方公務員の給与を減らす、自動車重量税を再び道路特定財源に戻す、35人学級制度を崩すなど“先祖がえり”の政策を目論んでいる。これらは、安倍政権は、弱い立場にある人たちへ“自立”の名のもとに、厳しさを押しつける本質であるし、また、再び、「人からコンクリート」へ転換を進める方針である。

 

━ 空虚な所信表明 ━

 

安倍総理は、・経済再生 ・震災復興 ・外交・安全保障 に対する所信を表明したが、危機と言う言葉を14回も使った。

安倍首相が言う、その中身がどう経済復興につながり、震災復興が具体的にどう進むのか、外交・安全保障がどう進展していくのかという核心に触れる部分ではっきり所信を表明したと言えるであろうか。否、はっきりと表明してしないと言わなければならない。

 末尾では、”今ここにある危機を突破し、未来を切り開いていく覚悟を共に分かち合おうではありませんか。「強い日本」を創るのは、他の誰でもありません。私たち自身です”。と結んだが・・・。

 公共事業を膨らませて景気回復を強調するが、その足元でどのようなことが起きているのかを考えるのが先決ではないか。

 民主党海江田代表は「空にして疎。アベノミクスの「三本の矢」がどう経済回復に繋がるのか、説明がなかった」と、 社民党の福島党首は「原発の“げ”の字もない。民の痛みに一切触れない空疎の精神論」と、みどりの風の谷岡代表は「自立、自立で強者の論理。重要な原発や消費税は無視.首相は一体どこの宇宙から飛んできたんだ」と批判している。

 130日から、「代表質問」が始まり、予算委員会も開かれるであろうが、注視して見ていきたい。

 

2013年1月24日 (木)

第312弾 「明日への希望」

第312弾 「明日への希望」

━ 101歳の詩人・柴田 トヨさんのこと ━

 

世の中、明日への希望が持てない、堪らなく悲しくて、辛いことばかりであるが、柴田 トヨさんのことを知って、私は、まだ、まだ、世の中、捨てたものでないと思った。

101歳の詩人・柴田 トヨさんのことをご存じでしょうか?かくいう私も、たまたまラジオを聞いて知った事であるが、世の中、まだ、まだ捨てたものでないといううれしい気持ちにさせられたので、さっそく、柴田 トヨさんの詩集・「くじけないで」(飛鳥新社刊出版)の本を購入して、読んでみた。

それは、それは、素晴らしいものであった。大きなる“勇気”を貰ったので、みなさんにも紹介したい。

 

━ 柴田 トヨ さん の簡単な略歴 ━

 

 柴田 トヨさんは、1911年(明治44年)6月26日、栃木県で生まれた。裕福な米穀商の1人娘であったが、10代の頃に家が傾き、料理屋などへの奉公に出た。33歳で結婚し、子供を授かる。1992年、夫と死別。宇都宮市内で一人暮らし。

 (ここからがスゴイ!!) トヨさんは、長男、健一さんの勧めで、90歳を過ぎてから詩作を始め、新聞投稿を続ける。2010年3月に初詩集「くじけないで」を上梓し、158万部を超えるベストセラーとなる。2011年秋、二冊目の詩集「百歳」を出版、さらに東日本震災に向けた作品を発表、また、相田 みつを美術館や長崎を始め、各地で「柴田 トヨ展」を開催し、反響を呼んでいた。

柴田 トヨ さんは、2013年1月20日に101歳で老衰のため、宇都宮市内の老人ホームで亡くなった。

トヨさんの告別式は1月24日に、宇都宮市川田町の市民ホールで行われ、優しく温かい詩を愛した多くの人が別れを惜しんだという。

告別式では、相田みつを美術館館長の相田和人さんが「どんな時代が来ようとも、トヨさんの詩は読まれ続けることになる。」思いますと弔辞を送ったそうだ。

 

━ 「 く じ け な い で 」 ━

 

「人生、いつだってこれから。朝はかならずやってくる。」

 

ねえ 不幸だなんて

溜息をつかないで

 

陽射しやそよ風は

えこひいきしない

 

夢は

平等に見られるのよ

 

私 辛いことが

あったけれど

生きていてよかった

 

あなたもくじけずに

 

もっと、紹介したい作品が沢山ある。是非、柴田 トヨさんの詩集・「くじけない」・「百歳」を読んで頂きたい。多分、明日への希望が甦ると思うよ。

生きることは辛いこともあるが、繰り返しになるが、明日への希望を持って、もう少し,できることを頑張ろうよ!!

 

2013年1月22日 (火)

第311弾 いつもの玉虫色決着

第311弾 いつもの玉虫色決着

 

━ もんだい先送りの予定調和的解決 ━

 

 1月21日、市教委は、橋下市長の「入試中止」に応じるか、「受験の混乱を避けるのか」を迫られた。1月18日、市教委の長谷川委員長は「改革とは“入試中止”だけなのか、もっと知恵を出したい」と入試中止以外の改革案を探る考えを示唆していた。

 結果、結論は、「“入試は中止する”が、“受験環境はかえない”」という全く玉虫色決着で解決をみた。橋下市長に「入試中止」という大義名分を取らせ、市教委に「受験環境」は変えないという「実利」を取った決着であった。

 私の個人的考えだか、これでは、何の解決にもなっていないし、問題先送りである。市教委は「改革の出発点に」というが、これでは、橋下市長の顔色を見ながら、受験生との混乱を避けるための「看板の掛け替え」と言われても仕方がない。市教委は全員一致にいたるまで徹底的に討論をし、結論を出すべきであったと私は思う。

 

━ 養育委員の意見 ・「看板の掛け替え替えでは」━

 

 教育委員は5名いるそうだが、初めて知ったが、大学教授2人を含む“そうそう”たるメンバーである。結局5人中4人が、橋下市長の主張通りに「体育系2科の入試を中止する案」を支持したという。反対だった1人、長谷川委員長の意見に、私は賛成である。

 長谷川恵一委員長は「(普通科への振り替えは)名前を変えただけ。子どもに夢を持たせるのが大人の責任。私は体育科を広げてきちっとやるべきだと思う。ただ学校には勝利至上主義を感じた。大改革をしなければ」と。受験科目を変えずスポーツ中心の教育内容にする方針には「単なる看板の掛け替え」と言われた意見にどうことえるのであろう。

 

━ もっと、もっと、当事者の意見を聞くべきでは ━

 

 橋下市長は、1月21日、午前中、桜宮高校に出向き、「今春の体育系2科の入試中止を市教委に求めた理由について在校生に説明した」という。そのことについては、私は、高く評価をしたい。切々と訴える僅か2名の女子生徒の意見を聞いただけで心を動かさなかったという。

「体育科(入試)を続けながら、今後どうするか考えたい」・「後輩となる新入生がどうなるか心配」などと意見を言ったそうだが、明確な説明はなされなかったようだ。

 さらに、やむにやまれず在校生8人(いずれも運動部の元キャプテン)が、橋下市長に「十分話を聞いてもらえる時間がなかった」として「もっときちんと自分たちの意見を聞いて欲しい」と自分たちの意思で、市役所を訪問したという。どんな対応がされたのであろう。記者会見がなされたようだが、多分、橋下市長も市教委も耳を傾けることはなかったであろうと思うと切ない。一番に考えられるのは、もっと、もっと、当事者の意見に耳を傾けるべきだと私は思う。

 市役所の前では桜宮高校の保護者が集会を開いたという。この方々の意見も聞いて欲しい。

2013年1月19日 (土)

第310弾 二度と悲劇を起こさないためにも

第310弾 二度と悲劇を起こさないためにも

━ “いじめ”・“体罰“もういらん!! ━

 2011年10月、大津市立小学校で、“いじめ”を受けていた男子生徒が自殺しました。大変な衝撃を呼びました。2012年に入り、被害者の両親が「“いじめ”が自殺の原因」として,市や加害者側の同級生3人に損害賠償を求めて訴えることがきっかけとなり、テレビや新聞でも大きく報道されるようになりましたことは、周知の事実です。

担任教師が“いじめを把握しておきながら放置していたことや市の教育委員会がアンケートを実施していじめ”の内容を把握しながら、明らかにしてこなかったなど、学校と教育委員会の不誠実な対応が大きな問題となりました。教育の現場では、生徒に対して一体誰が、何の責任を負っているのか問題になったところです。

また、一方で、昨年12月、大阪市立桜宮高校2年・体育科でバスケットボール・キャプテンの男子生徒が、バスケットボール顧問の教諭から練習試合でのミスを理由に“体罰”を受け、その翌日、自らの命を絶つという悲劇が起こりました。

このキャプテンは、練習試合後、母親に、なんと驚くべきことに「30発から40発殴られた」と訴えていたと言います。追い詰められたこのキャプテンの気持ちを考えるときに、怒りとともに、私は、やりきれない気持ちで、胸に痛みを憶えます。

 この顧問は、市教委の聞き取り調査に対して、“体罰”が常習化していたことを認め、「部を強くするため必要だ」・「“体罰”で気合を入れた」と“体罰”を正当化していたそうです。 

この学校では、過去にも、男子バスケットボール部の顧問が体罰”で、停職処分を受けていた事実もあったようです。この顧問はその後も、別の生徒に“体罰”をしていたが、学校側は市教委に報告すらもしていなかったようです。“体罰”を助長・容認する空気が蔓延していたのでしょう。このとき、徹底して、“体罰”と言う“膿”を出していれば、この事件は起きなかったと思うとかえすがえす残念です。

━ 「“体罰”は自立妨げ成長の芽摘む」 ━

 桑田 真澄さん(PL高校時代に甲子園で計20勝を記録し、元プロ野球巨人では通算173勝をした)がこの体罰の問題について、朝日新聞の取材に応じて語ったことを要約したい。

 「私は中学まで毎日のように練習で殴られていました。小学3年で6年のチームに入り、中学では1年でエースだったので、上級生のやっかみもあったと思います。殴られるのが嫌で仕方なかったし、グランドに行きたくありませんでした。今でも思い出したくない記憶です。 

―(中略)━

 「極限状態に追い詰めて成長させるために」と“体罰”を正当化する人がいるかもしれませんが、殴ってうまくなるなら誰もがプロの選手になれます。私は“体罰”を受けなかった高校時代に一番成長しました。「愛情の表れなら殴ってもよい」という人もいますが、私自身は体罰”“愛”を感じたことは一度もありません。伝わるかどうか分からない暴力より、指導者が教養を積んで伝えた方が確実です」と。この他にも大切な提言をしておられるが、紙面の関係上割愛する事お許しいただきたい。桑田さんの話は、説得力がある。私はその通りだと思う。

 橋下市長も、この桑田さんの提案を読まれて、以前は、体罰”を容認しておられたことを反省しておられる。私は、橋下氏にはあまり誉めることのない市長であるが、その点は、橋下市長の言や「潔よし」としたい。

━ 何が必要なのか ━

 しかし、橋下市長は、今、「大阪市立桜宮高校の体育科とスポーツ健康科学科の入試を中止する」ように市教委に求めている。中止をしないのなら市長権限で予算を止める可能性まで示唆している。

そして、同校の全教員を異動させる「総入れ替え」を求めている。実態を解明することが先決であろう。これは余りにも唐突すぎる。受験生たちの願書の提出期限はもう後1カ月後である。

案の定、大阪市立中学校の校長会が「生徒・保護者に不安と動揺を与える」として、入試を求める緊急要望書を市教委に提出したのに対し、橋下市長は「そんな校長はいらない」と一蹴した。また、大阪市議会も、OSAKAみらい・公明党・自民党の3会派も「市長判断は到底賛成できない」と早期の撤回を求める要望書を出した。しかし、橋下市長は「唯我独尊」である。

橋下市長は、1月16日のツイッターで、「なぜ桜宮がこのようになってしまったのか。生徒や保護者意識も含めて解明する必要がある。その上で対応策。」と明らかにしている。生徒や保護者の意識が解明できたのか?文字通り、その上で、対策を講じるべきではないか。

1月21日、市教委は結論を出すことにしているが、長谷川恵一委員長は「改革とは入試の中止だけなのか。もっと知恵をしぼりたい」と述べ、入試中止以外の改革案を探る考えを示唆している。市教委の結論がどのようになるか待ちたい。

実は、私の孫も、今回は受験である。決して、他人事ではない。その上で、何が必要なのか、改めて、問題提起をしたい。

2013年1月18日 (金)

第309弾 政党政治の「希望」は?

第309弾 政党政治の「希望」は ?

━ 「民主党の大敗とその教訓」 ━

世界2月号に、前・鳥取県知事・元・総務大臣の片山 善博 さんが「日本を診る」と題して、論文を書いておられているのをたまたま目にした。鋭い指摘であるので、少し長くなるが紹介をしたい。“タイトル”は私がつけたものもあるのでご了解をいただきたい。

━ 民主党の大敗 ━

 あまりにもひどい負け方だった。民主党の劣勢はかねて報じられていたが、それにしてもひどすぎる。 -(略)―まさしく政権交代選挙の時と様変わりだ。敢えて解散を断行した野田政権(当時)をはじめ民主党の幹部の人たちも、ここまで惨敗するとは予想していなかったに違いない。どうしてこんなことになったのか。その原因の一端を探り、そこから今後のわが国政治の教訓を汲み取っておきたい。

━ 消費税増税は嘘つき ━

 主党を見ていて以前から危惧していたことがある。それは公約違反に対する無邪気さと鈍感さである。民主党政権は2009年の政権交代選挙の際、消費税は絶対に上げないと公約して選挙を戦い、大勝した。しかるに、野田政権になってからは、最低保障年金制度の導入などマニュフェストで有権者に約束していたことを反故にしてまで消費税引き上げに邁進した。どうみても嘘つきでしかない。

 野田総理は、わが国の財政を持続可能にするためには消費税引き上げがどうしても必要だとし、消費税引き上げは“大義だ”と言い放ったのである。でも先の選挙の際の民主党約束とは正反対のことではないか。それを一切詫びるも釈明もないまま「大義だ」などと言うのは、いくらなんでも能天気すぎる。-(略)-

 テレビ番組の中で、「どうやってこの財政危機を乗り越えることができるのか、教えてもらいたい。もし引き上げなくても財政運営が可能だと考えているとしたら、それは素人だ」などと見下すような態度を示していた。その番組を見ていた多くの人が受けた印象はおそらく民主党の能天気さと傲慢さだったに違いない。(私も全くそのように見ていた)

 大手新聞の社説が総じて「消費税引き上げ」を主張していたことも、それを助長をしたのだろう。民主党も大手新聞も良識が麻痺していたとしか思えない。

 政党政治の基本プロセス 

 選挙で勝利して権力を手にし、その政策を実行する。次の選挙でそれを有権者から評価される。これが政党政治の基本プロセスである。もし嘘が平気で許されるなら、このプロレスは機能しない。-(略)-現に民主党は有権者の信頼を失ってしまった。のみならず、政策へのニヒリズムを生んでしまった。このたびの総選挙において、政策を二の次にした政党の野合が見られた背景にはこのニヒリズムが横たわっていると思えるのである。

━ ミッションを失ってはいけない 

 それは東日本震災の復興予算のスピード感のなさである。この時の補正予算は、被災者生活再建支援法に基づく支援金や災害弔慰金のように、、それまで既に制度化されていて、被災地や被災者の態様に応じていわば事務的に支出しなければならない費目ばかりだった。その財源には前年度余剰金が充てられていた。

 補正予算で肝心なことは、1000年に一度の大震災の復興に必要な予算として新たな財政支援制度を設け、それを被震災地の自治体にできる限り速やかに示すことだった。

 家財や財産を失って悲嘆に暮れ、絶望している被災者のみなさんに少しでも希望を見出してもらうには,できるだけ早く自分たちの町の復興の姿を示すことが重要だからだ。もたもたしていたは、被災地の将来に希望をつなぐことはできない。-(略)-復興の予算の編成は急務であった。-(略)-結局復興予算ができたのは、菅内閣から野田内閣に替り、復興予算が決まったその年の11月のことであった。被災地はそれまでの九カ月間、、傍観、復興の青写真に手をつけられないまま、待ちぼうけを食わされた。

 この点で民主党政権は大きな過ちを犯したといえる。あれほどの大震災が起きた時、第一に考えなければならない大切なことは被災地の一日にも早い復興である。絶望のどん底にいる被災者にほんの少しでも希望を見出してもらう。不安にかられた被災者に少しでも安心した暮しを取り戻してもらうことであるはずである。民主党政権はそれを二の次ぎにして財源の確保、すなわち増税の方を優先させてしまった。-(略)-

政治はミッションを誤ってはいけない。これが民主党政権が残した教訓である。

━ 誠実さが不可欠という教訓 ━

 国民のための政治主導を標榜してスタートした民主党政権が、官僚と一緒になって、あるいは官僚になめられて国民を愚弄する末路となったのはなんとも皮肉な結果である。真の政治家主導には政治家の力量とゆるぎない誠実さが不可欠という教訓ではある。

 

 もう一度、片山 善博さんのこの問題提起を考えて見たい!!

2013年1月10日 (木)

第308弾 未来は本当にあるのか ?

第308弾 未来は本当にあるのか ?

━ 「衆議院選挙のもたらしたもの 」 ━

昨年12月16日に行われてきた衆議院選挙の結果については、ブログでこれまでも取り上げてきたが・・・。

・ 小選挙区制のおぞましさ 

・ 得票数が増えた訳でもないのに、振り子のように大きく変わる議席獲得総数

・ 自民党・公明党が勝ったのではなく、民主党が大敗した現実

・ 「反原発」(反原発・脱原発・卒原発)勢力は、確かに主張には濃淡があるが、負けた訳ではない。それなのに、「原発ゼロ」を否定する安倍政権とともに、確実に原発推進派が息を吹き返している。何故なのだろう。これだけは、どんなことがあっても阻止しなければならない。

選挙で「反原発」を訴えた党は、民主・みらい・公明・みんな・共産・社民があった。これらの党に投票した全部が「反原発」派と言わないが、6党の比例の合計を合わせると、約3千万票、自民党の1,660票にはるかに上回っていた現実を直視すべきである。余り言いたくないが、敢えて、言うと、維新に入れられた投票にも沢山の「反原発」があるはずだ。それなのに。

 ・ 明日、1月11日に、安倍首相と橋下市長が、大阪で、話し合うことが話題になっている。それはどうでもいいことであるが、7月に行われる参議院選挙を目論んでの“野党共闘”への切り崩し工作であろうことは容易に伺える。

最近、気になるのは、民主党・細野幹事長は「参議院選挙で、まずは“維新”との協力をどのように出来るかが鍵」と“維新の会”に秋波を送っているようだが、私は何を考えているのかと、驚きを禁じ得ない。そういう野党共闘が成立して、参議院選挙に臨むというなら、もはや、民主党は全く信頼されないであろう!!

━ 「事後にお仕置き」でいいのか ━

 これは、AERA(2012.12.31~2013.1.7号)の「内田 樹先生の大市民講座」から引用したものである。内田 樹先生は神戸女学院大学名誉教授でもある。私は、この内田先生の提起に全く同感である。少し長くなるが紹介したい。

 衆院選は自民党が294議席で地滑り的大勝を収めた。ただし自民党の比例区得票率は27.6%、2009年の政権交代選挙で歴史的大敗を喫したときの26.7%とほとんど変わらない。にもかかわらず獲得議席総数は150%増加した。小選挙区制度のマジックである。

05年の郵政選挙で自民党は296議席で圧勝、09年の政権交代選挙で民主党は308議席で圧勝した。振り子の振れが極端に大きいのがこの制度の特徴である。わずかな「風向き」の違いで、議席が乱高下する。

 多少なことで議席構成が大きく変化しない「惰性の強い代議制」と、極端から極端に走る「過敏な代議制」のどちらがより好ましいのか。私には決め難い。とりあえず、しばらくは「選挙とはそういうものだ」という覚悟でこの制度に付き合うしかない。

 自民党に投票した有権者の動機を訊くと、「自民党の政策を支持」はわずか7%で、「民主党政権に失望」が81%だった。(朝日新聞調べ)。「敵失」で転がり込んできた勝利である。 

今回の圧勝は自民党の政策に対する国民的な信認のしるしではない。失敗がいくつか続けば、民心はたちまち政権党から離れるであろう。

 過去二度はそうだった。二度ある事は三度ある。「政権党への失望」を主な判断材料にする投票行動が現代日本ではデフォルトと化している。事前に「期待を託す」ことより、事後に「失の方が間違いが少政を咎める」ことない。有権者はそう考えている。それがいいのか悪いのか、これも私には判じ難い。

 だが、改憲も原発も領土問題もTPPも消費税も社会福祉も「ひとつ打つ手を間違えたら命取り」という喫緊の政策的岐路に新政権はいきなり直面する。

 「党是や党議に従っていればよい」というような硬直した問題ではない。集められる限りのリスクを予測し、考える限りの最適解を選びとらなければならない。「政策選択を間違えたら、事後にお仕置きをすればいい」と有権者は考えているようである。だが「事後がある」という想定そのものに私は何となく日本人の危機意識の欠如を感じてしまうのである。

2013年1月 8日 (火)

第307弾 「ならぬことはならぬ」━”八重の桜”

第307弾 「ならぬことはならぬ」━ “八重の桜”

 

━ “会津”の誇りを胸に ━ (NHK大河ドラマ) 

 

NHK大河ドラマ・「八重の桜」━ 「ならぬことはならぬ」が2013年1月6日(日)から始まった。ご覧になった方もたくさんおられるのではないかと思っています。

私は幕末の戊辰戦争に敗れてすべてを失っても、“会津魂”を胸に新しい時代をはつらつと生きた新島八重の“生き様”、会津の人々を守るため銃を持って戦った、そして、この作品でのこれからの発展・闘いの中で困難を乗り越えていく“八重の姿”を楽しみにしている一人でもあります。

また、その姿は東日本震災から立ち直ろうとして、頑張っている姿と裏写しとなって見えてくるのではないかとも思っています。

これから、ドラマでは、八重が「城は明け渡さぬ。ならぬことは、ならぬのです」という会津の誇りを胸に信念を貫こうとする闘いが展開していくと思うが、何故か、そこには悲壮さはみじんもなかったという。何故なんであろう?

このドラマから、およそ150年前、会津で何が起き、会津の人々はどのような思いで生きてきたのかを知りたいと思う。

 

━ 八重は、その後、「新島 襄」 との結婚 ━ 

 

 これからの展開を前もっていうと、余り先入観に走るので、言わないことにするようにしているが、この事にだけは触れておきたい。

 私は、八重のその後について全く知らなかったが、知る人知るで、この主人公の八重は.戦で父や弟を亡くし、そして、最初の夫とも離婚し、その後、京都に出て、同志社英学校を開設した新島襄と出会い、結婚をしたことである。

 このことは知る人が少ないのではと思い特記することにしたい。いずれにしても、ドラマがどんな展開をするか楽しみである。

 

━ 第1回 「ならぬことはならぬ」のあらすじ ━

 

 まだ、見られていない人のために、第1回のあらすじだけ簡単に報告しておく。1868年(慶応4年)8月、砲撃をあびる会津・鶴ヶ城内で、スペンサー銃を構え戦う若き女性がいた。山本八重(役・綾瀬はるか)、後の新島八重である。

 その年の秋、会津藩主が最も張り切る軍事操練「追取狩(おいとりがり)」の真骨頂である模擬戦の最中に事件が起こる。「一番鳥」の本命と目される番頭・西郷頼母が一羽の鳥を追い定め竹鞭を振り上げたとき、八重が邪魔してしまったのだ。そこへ藩主・松平容保が現れ、八重を救う。この出会いが、八重のその後の人生を変えていくことになる。まぁ、こんな“あらすじ”である。

 一つの出会いが将来を左右することは、しばしばあると思う。

また、東京学芸部の土屋渓さんは、「このドラマを見て、東北の復興なくして日本の将来はないと、自信をもってほしい」という。次からが楽しみだ。

2013年1月 5日 (土)

第306弾 新しい年が始まった !!

 306弾 新しい年が始まった !!

 

━ いまから ここから 

 

 改めまして、みなさん明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

“昨年も、「オメデトウ」という気分にはとてもなりません”と書いたが、残念だが、今年も状況は、全く同じである。更に、悪い状況である。

しかし、それでも、新しい年が始まった。2013年の幕開けである。ならば、闘いは、「いまから ここから」(相田 みつを さんの言葉)である。

みなさんにおかれましては、どんな正月を過ごされたでしょうか?

私の正月は、13日に、息子たち一家が来てくれ、一杯飲んだほかは、後はゴロゴロ、家で所在ないまま過ごした。そのせいで、本を読む機会には恵まれた。後で、紹介するが、積んであった、「昭和詩集」などに目を通す機会が持てたのは収穫であった。北海道の小樽市出身の小説家と思っていた伊藤 整さんが、詩も書いていたのはびっくりであった。末尾で紹介したい。

 

━ みなさんから頂いた年賀状から ━

 

 まず、K.Mさんから貰った年賀状に次のようなことが書いてあったので紹介したい。

 「未来に明るさの見えない厳しい時代が続いていますが、一方で、市民社会のあり方を問い、民主主義を再生していく、市民自身が当事者の多様な社会運動が芽生え始めています。小さくても確実にその歩みを進めていく年にしたいものです。」以下、省略。

正直に言って、私には、まだ、そういう実感はないが、そうあって欲しいと願うのは事実である。そんな芽生えと共にがんばれる年に!!

 また、昨秋、入院から回復して、また、活動できるようになったT.Oさんから、“「みおつくし フォラーム」のブログは心強い仲間です”といううれしい評価を頂いた。私にとっては、一番うれしい励ましの言葉であった。これからも、気を引き締めて取り組まなければと思った。

 そして、闘病生活をされているM.Tさんから、リハビリ頑張っています。という元気な賀状を頂いた。一日も早い戦線復帰をお祈りしたい。世の中を変えるため一緒にがんばりましよう!!

 紹介の最後は、「造りぱなし、言っぱなし挙句の果てが「バッシング政治」。これじゃビジョンがない。造ったものにはメンテナンス、言ったことには責任を持つ。まとめは今年も表現者としての気概をもって!よろしく!

 このほかに紹介を出来ないことをお許しをお願いしたい。たくさんの示唆に富む年賀状を頂いた事に感謝を申し上げ、もう一年頑張ることを宣言したい。それでも駄目ならあきらめたい。そんな気持ちの事始めである。

 

 いちずに 一本道

 いちずに 一ツ事  (相田 みつを)

 

━ 「夜明け」 ━  伊藤 整 作

 

 山腹の木立にゐて 誰かが大声で叫んでゐる。

 若者らしい声だ。

 この良い朝じゅうに自分だけだといふやうにして。

なんて大きな声だらう

それで私ははっきり目をさました。

そいつが今度は 木のような朝に口笛を吹いてゐる。

一人で朝を思い切り楽しんでゐる。

まだ日も上がらない。 うす明りを良いと思ってゐる。

あいつは今じぶん何処から歩いてきたのだらう。

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